過食が教えてくれたこと

ストレス過食がなくなった今も(お腹が空いて食べ過ぎることは月1度くらいあります(^_^;))、ふとした時に思うことがあります。

もし過食症にならなかったら、どんな人生を歩んでいたんだろう、、と。

もし過食症にならなければ、身体の不調に悩まされなかったし、何も気にせず友達とご飯にも行けたかもしれない、、

それまでは普通に食べていたのに、痩せたいと思ったその日から、何をどの位食べていいのか、まったく分からなくなってしまうなんて、、

そんな思いがよぎる度に、胸が切なくなります。

けれども最近は、こんな風にも思うんです。

過食症は特別な病気じゃない。

過食症にならなければ 栄養や身体について知る機会はなかった。

過食症にならなければ、 身体の声に耳を傾けようと思わなかった。

過食症にならなければ、依存症は心の弱さだと思っていたかもしれない。

過食症にならなければ、自分の本音と向き合わうこともなかった。

そして何より、過食症にならなければ、、

自分を大切にしたい、なんて思わなかった 。

過食症になって良かったとは言えないけれど、自分を大切にしようと思えたのは、間違いなく病気がきっかけでした。

以前読んだ本に「悔い改める」と「食い改める」は同じだと書いてありました。

当時はその言葉に違和感を感じたのですが、たとえ摂食障害の過去を悔いる必要はなくても、病気は生き方を改めさせてくれるターニングポイントなのかもしれません(でもやっぱり、辛いですが(ToT))。

摂食障害になる方は、 自己否定感が強かったり、自分の気持ちを押し殺し生きてきた方が多いです。

もちろん私もそうでした。

頭は良くないし、運動も苦手。要領が悪く、いつも気を遣ってばかり。さらにコミュ力もない。太ったと言われ、ダイエットを始めたら過食症になってしまい、身体も壊す始末。

思うようにいかない自分をいつも責めてばかりいました。

とはいえ、病気になってしまえば、誰かが代わってくれる訳ではないし、あとは治す努力をしていくしかないんですよね。

落ちるところまで落ちたら、もう上がるしかないみたいな、、そんな感じでしょうか。

ここ数年、ヤケになって気持ちが悪くなるまで食べたり、逆に何も食べなくなったり、自分を大切にしたいと思いながら、遠回りばかりをしてきました。

、、が、その遠回りを通して、実は自分を大切にする練習をしてきたんだと、今は感じています。

失敗してはいけないのではなくて、練習だから、失敗するのは当然なんですよね。

また、試行錯誤したお陰で、食べ方を臨機応変に工夫出来るようにもなりました。

摂食障害は
「私をいじめないで」
「私の存在を無視しないで」
「少し頑張りすぎだよ」
という心身からのメッセージです。

厄介な病気ではありますが、症状が出ることで「そろそろ自分を大切にする時期に来たよ」というサインが来ているのだと思います。

大丈夫。

失敗することも沢山あるかもしれませんが、自分を大切にした分、必ず心と身体は応えてくれます。

是非これから、「自分を大切にする」という気持ちで、味わって食事をしてみて下さい。

せっかく辛い経験をしているのですから、お互いこれをきっかけに、時間を掛けながら「自分と仲直り」していきたいですね。

そしてその経験は、きっと強みになると思っています。

これを読んでくださっている方が、ほんの少しでも、今までより自分を大切にしたいと感じで下さったら嬉しいです。

私も引き続き、食べることを通して、自分を大切にする学びをしていきたいと思います。

最後までありがとうございました(*^_^*)

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25歳で抗精神薬を止めたことがきっかけで、ストレスと止まらない食欲に悩まされ、非嘔吐の過食症になりました。 体調も崩し、拒食のような状態も経験しましたが、現在は少しづつ心身のバランスを取れるようになってきています。...

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